アニメ版のけいおん!で私立桜が丘女子高等学校として登場する建物が滋賀県豊郷町の豊郷小学校旧校舎群をモデルにしているというのは以前から知っていたのですが、やっと現地に行くことができたので写真を載せてみようと思います。豊郷小学校といえば、だいぶ前に存続か解体かで町が揺れたという事件を思い出すのですが、今やけいおん!効果で訪れる人も多いようですね。
↑校舎の全容。1937年に建てられた当時はさぞ美しく見えたことでしょう。
↑廊下の様子。ドアの所に引いてある半円の黄線はアニメそのままです。
↑階段の手すりについているウサギとカメのモニュメント。これも印象的ですね。
↑いよいよ音楽室のある3階へ。
↑レコーディング中だそうです(笑)。
↑そして軽音部部室へ。ほんとにアニメそのままで感動・・・!
↑入り口側。実際にはこの部屋は会議室になっていました。
↑お茶会の様子も有志によって再現されています。
↑外の様子がよく見えます。
↑実際にはすぐ隣にある音楽室。ここもアニメで出てきてましたね。
↑こちら側の窓からは、現在の豊郷小学校の校舎が見えます。
↑在りし日の姿が再現された一般教室。
↑階段は外の光がよく射して、本当に美しい。
↑講堂。ここはアニメでは新歓ライブをしたところですね。実際には2階席もある豪華な造りでした。
↑校舎を別角度から。音楽室だけが3階になっているのは、音が出るので他の一般教室の邪魔にならないためだそうです。
↑おまけ。町内には至る所にこのようなキャラクターを模した交通安全パネルがあります。
実際に行ってみて、けいおん!はともかく、純粋に建造物として見ていて楽しかったです。ほんと取り壊されなくて良かったと心から思います。
2011年10月18日 22:18
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姪浜11:48 – 西唐津12:56(筑肥線・普通西唐津行き)
ここから先はJR筑肥線に入ります。さっき乗ったのは地下鉄の車両だったのでどんな車両が来るかと思ったのですが、カラーリングこそ派手とはいえ、6両編成の103系でした。JR九州でも103系ってまだ走ってるんだなーと思いながら、人の少ないシートに腰掛けました。姪浜を出て一瞬山の中に入っていきますが、すぐに市街地に戻ってきます。九大学研都市駅あたりは南草津駅のような、郊外に移転した大学キャンパス最寄り駅独特の雰囲気がありました。そして糸島市中心部の筑前前原から先は単線になり、徐々に郊外の風景に。このあたりは玄界灘の海岸線沿いを走っていて、時々見える砂浜がとても綺麗でした。そして唐津駅で乗客がどっと降りていき、終点・西唐津駅で降りる人はわずかでした。この頃から雨がひどくなってきていたので、西唐津駅では写真だけ撮ってすぐに唐津駅にとんぼ返りします。
↑西唐津駅の駅標。なかなか年季が入っています。
西唐津13:06 – 唐津13:09(筑肥線・普通福岡空港行き)
唐津駅に戻る頃には、幸い雨も小降りになっていました。そろそろお腹が空いてきたので、駅から10分ほど歩いたところにあるお寿司屋さんでお昼ご飯を食べること。その後、まだ時間があったので近くを散策してみました。
↑せっかくなので上にぎりを注文。特に穴子が1匹まるごとでおいしかったです。
↑唐津市役所前の堀。風情があって良いですねぇ。
唐津といえば唐津焼が有名なので、途中商店街の焼き物屋さんを冷やかしたりしたのですが、旅行開始早々に割れ物を買ってしまうと扱いに困りそうだったのでやめておきました。その後駅近くの物産展示販売所をのぞいてから、駅に戻ります。
唐津14:26 – 伊万里15:17(筑肥線・普通伊万里行き)
ここから先はいよいよ1両の気動車になってしまいます。それほど多くない乗客を乗せて、列車は動き出しました。途中までずっと佐賀方面に向かう唐津線と併走しているのですが、唐津線にある本牟田部駅はこちら側にはなかったりと、全く同一というわけではないようです。そしてこのあたりで唐津線と分かれ、山あいへと入っていきます。そして市街地に出たと思うともう終点の伊万里駅はすぐそこでした。伊万里駅には乗りつぶしのためだけに来たようなものなので、来たのと同じ列車で引き返します。
↑唐津駅で撮った伊万里行きの列車。この黄色い気動車に乗るのも久しぶりです。
↑伊万里駅の駅標とホームの様子。1面1線の小さな駅でした。
伊万里15:22 – 唐津16:10(筑肥線・普通唐津行き)
帰りはどのみち同じ路線だし、と油断していたのでほとんど寝ていた記憶しかありません。唐津に戻り、伊万里に向かう途中で唐津名物に松露饅頭というものがあるという情報を入手していたので、さっきも寄った物産展示販売所で購入して、あわてて駅まで戻ってきました。
唐津16:24 – 久保田17:20(唐津線・普通佐賀行き)
今日一体何度目なんだという唐津駅を出発し、今度は唐津線で佐賀方面へ。こちらは2両編成の気動車でしたが、キハ125+キハ47という新旧入り交じった編成で、こんなのもありなのかとびっくり。私はと言えばキハ47側のボックスシートに座り、のんびりと景色を眺めで過ごします。途中、中多久駅がシャカタクっぽい名前だなあとあほな事を考えていましたが、多久市ってこのあたりにあるんですね。そして小城駅で学生がどっと乗ってきて、車内が急ににぎやかになります。小城といえばブラックモンブランで有名な竹下製菓のある街ですが、今回初めて小城を「おぎ」と読むことを知りました。列車は佐賀行きですが、私は乗り換えのため次の久保田駅で下車。
↑普通佐賀行き。後ろの車両がキハ47系でした。
↑久保田駅の駅標。久保田町は佐賀市と合併したので、佐賀郡久保田町から佐賀市久保田町になり、市の部分にシールが貼られていました。
↑久保田駅にて。先に来たのが唐津線折り返しの多久行きだったので、間違えて乗りそうになる人が何人かいました。
↑そしてやってきた長崎行き。真っ黒な車体がかっこいい。
久保田17:32 – 諫早19:38(長崎本線・普通長崎行き)
長崎行きは2両の電車でしたが、こちらも学生がたくさん乗車していて混雑がすごく、これ2両じゃ少ないだろーと思いながら乗車しました。しかし2駅先の肥前山口駅で大半が下車したので、ここで座ることができました。その先の肥前鹿島駅も割と大きな駅で、この先はずっと有明海の海岸沿いに走っていくのですが、単線なのにばんばん特急が行き交っているせいで、とにかく行き違い・通過待ちが多い!15分停車して上下線の特急を待ち合わせたりするので、時間がかかってしょうがなかったです。そしてようやく諫早駅を目前にした東諫早駅でも6分停車し、もう一駅がんばってくれよ!と思わずにはいられませんでした。結局特急なら約1時間の距離を2時間かけて、ようやく諫早駅に到着。もうあたりはすっかり暗くなっていました。
諫早駅前は結構人も多く、思っていたよりにぎやかな感じ。今夜はこの街に泊まるので、まずはホテルへと向かいます。5分少々歩いてホテルにチェックインし、さっそく晩ご飯を食べるため外へ。今夜はあらかじめ調べておいた近くの中華料理屋でチャンポンを頂くことにします。
↑李花というお店で食べた特製生麺チャンポン(650円)。う、うまい・・・!
初めて本場で食べた長崎チャンポンは、何が違うのかわかりませんがとにかくうまかったです。スープも薄めに見えてすごくコクがあり、海鮮のうまみも良く出ていました。そして特製生麺というだけあって、麺ももちもち。とにかく全体的においしくて、地元の家族連れの客が多いのもうなずける感じです。チャンポンを堪能し、帰りにコンビニに寄ってホテルへと戻ります。
明日は島原半島へと向かいますが、それはまた次回。
2011年10月16日 01:37
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エンジンの振動と、初めての船旅の興奮で夜はあまり寝られず、あきらめて6時に起床。甲板に出てみると、曇ってはいるものの雨は降っていませんでした。
↑甲板に出たところ。朝早い上に肌寒いので外には誰もいません。
↑フェリー後部。ケータイのGPSによると、ちょうど八幡浜付近を通過したあたりのようです。
↑たぶんエンジンと救助用のボート。エンジンの振動がお腹に響きます。
そろそろ大浴場がオープンする時間だったので、脱衣場に移動。朝風呂は人気なようで、もうすでに人で一杯でした。窓から外は曇っててあんまり見えませんでしたが、ゆっくりと湯船に浸かってくつろぎます。これも高速バスでは味わえないぜいたくですね。さっぱりした気分で大浴場を出て食堂の方に行ってみたのですが、朝食バイキングは結構列が出来ていて、あんまり食べる時間が取れそうになかったので断念。その代わり売店でコーヒーを買って、のんびり海を見ながら飲むことにしました。
↑展望ストリートのソファに座って、海をぼんやり眺めつつコーヒー。
↑徐々に島影が近づいてきます。そろそろ到着の時間。
↑はるか彼方に同じ名門大洋フェリーの船が見えました。先に大阪を出た1便かな。
そろそろ到着時間が近づいていたので、ベッドを片付けて荷物をコインロッカーから取り出し、下船に備えます。荷物をまとめて甲板に出ると、ちょうど着岸して下船の準備中のようでした。
↑新門司港に到着。空港でよく見る可動式のボーディングブリッジが船に向かって伸びてきていました。
ボーディングブリッジがつながり、ようやく下船が始まります。結構乗客が多いのでもうすでに下船待ちの行列が出来ていたのですが、やっと人がはけてきたので船を下り、いよいよ九州上陸です!しかしここからは連絡バスに乗らないといけないので、ゆっくり写真を撮る暇もなく、港に待機している連絡バスに乗車。車ごとフェリーに乗る人が多いかと思っていたのですが、結構バスを利用する人も多いようでした。
新門司港は門司駅から山を挟んで反対側にあるので、バスは途中山道のようなところを走ります。そして約20分で門司駅に到着。バスはこのあと小倉駅まで行くのですが、私はここで下車することにしました。ちなみに連絡バスなので料金は無料です。それでいてフェリーの運賃はインターネット予約割引後で6,200円だったので、ほんとに安いと思います。
門司9:00 – 門司港9:08(鹿児島本線・普通門司港行き)
門司駅に到着し、まず駅の売店でパンとコーヒーを買い、青春18きっぷの1日目に日付印を押してもらって駅構内へ。いよいよ列車旅のスタートです。
↑在来線で来ると、この門司駅が九州の玄関口になります。昔列車で来たときのことを思い出しました。
↑なつかしい国鉄時代の車両がやってきました。
まずは門司から2駅先の終点、門司港駅へ。特に用事はないのですが、せっかくなので終点まで行ってみたかったのです。乗客はほとんどおらず、あっという間に門司港駅に到着。門司港駅は噂には聞いていたのですが、とてもレトロな駅舎でした。折り返しの列車までの間、駅の周りを歩いてみることにします。
↑駅標もレトロな感じです。
↑車止標識がでかい!
↑ホームもレトロな感じで、旅行に出るぞという気分にさせてくれます。
↑JR九州の813系電車。行き先表示がでかいなぁ。あとJR九州はこのように原色を使った目立つ車両が多いです。
↑旅立ちの鐘。その奥に0哩(マイル)標があり、ここが九州の鉄道の起点となっていることがわかります。
↑駅の外から駅舎を眺めたところ。とてもレトロな建物です。
写真にも写っていますが、関門よさこい大会というのが開催されるらしく、駅には色とりどりの衣装を身につけた人たちがたくさんいました。しかしここであんまりゆっくりしている時間はないので、駅の周りをぐるっと一回りして再びホームに戻ります。
↑これから乗る快速荒尾行き。JR九州にしては比較的カラーリングがおとなしい車両です。
門司港9:26 – 博多10:47(鹿児島本線・快速荒尾行き)
始発駅なので、席は選び放題。クロスシートの窓際に座り、まずは博多まで約1時間半の列車旅です。しかし発車して数分後、青春18きっぷが見あたらないことに気づき、ちょっとしたパニックに!うわ、これはもしかして門司港駅で落としたのかと青くなりました。あわてて列車を降りようかとも思ったのですが、周りをよく探してみると、座席と窓のすき間に落ちていました・・・。あーびっくりした!ほんと列車旅開始早々に心臓が止まるかと思いました。
出発地の門司を過ぎ、小倉ではたくさんの乗客が乗ってきます。快速の割に停車駅が多く、途中で特急に抜かれたりもするので速いという感覚は乏しいのですが、クロスシートなので乗り心地は上々。しかししばらく乗っていると真横にでかいハエがやってきたので、こっちに飛んでこないよう必死に息を殺していました。まあ幸い降りるまでじっとしていてくれたので、よかったですけどね。列車は3分ほど遅れて博多に到着。
博多10:58 – 姪浜11:17(福岡市地下鉄空港線・普通姪浜行き)
博多では地下鉄に乗り換えて10:54発の西唐津行きに乗る予定だったのですが、博多到着が遅れたので間に合いませんでした。仕方がないので次の姪浜行きに乗車しましたが、ここは福岡市地下鉄になるので青春18きっぷが使えず、別料金となります。車両は至って普通の地下鉄車両で、なんだか急に都会に放り込まれた気分になりました。この地下鉄は福岡空港が始発なのでスーツケースを持った人もたくさん乗っていましたが、天神駅でかなりの人が降りていきます。そして福岡の地下鉄は駅ごとにアイコンというか、独自のマークがあるのが興味深かったです。
約20分で終点の姪浜(めいのはま)に到着し、後続の列車を待つことに。そして時刻表を見てふと気づいたのですが、今日は土曜休日ダイヤなので唐津方面行きの電車は10:54発ではなく、10:50発でした。結局どちらにしても間に合わなかったのか・・・。とりあえず次の電車がくるまで30分ほどあるので、駅の周囲を少し歩き、ロッテリアで少し時間をつぶすことにします。
↑姪浜駅の駅標。ここから先はJR筑肥線です。
ここから先、いよいよ佐賀県に入り、今日中に長崎県を目指すのですが、それはまた次回。
2011年10月13日 19:12
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いつも夏の旅行は早朝にスタートするのが常だったのですが、今回は初めての船旅ということで、金曜の仕事終了後に即帰宅し、前日までにまとめた荷物の最終確認をして、18時過ぎには家を飛び出しました。行きの電車は当然ながら帰宅ラッシュで、そんな中旅立つのはなんだか妙な気分です。
梅田で御堂筋線に乗り換え、大国町で四つ橋線に乗り換えます。しかし運悪く次にやってきたのは北加賀屋行き。終点の住之江公園まであと1駅がんばれよ!とかあほなことを考えながら、北加賀屋で降りて次の電車を待ちます。そして住之江公園でニュートラムに乗り換え、フェリーターミナル駅で下車。出港まではあと30分弱しかないので、早々に乗船手続きを済ませて船に向かいます。
↑これから乗り込む「フェリーきょうと2」号。で、でかい・・・!
ちょうど船につながっている階段を上っている時に出港15分前のアナウンスがありました。船に入り、まずは自分のベッドへと向かいます。今回私が予約したのは特別2等洋室Aというグレードなのですが、まあ平たく言うとカプセルホテルのような感じです。
↑ベッドの様子。上段でも階段があるので楽々アクセスできます。ちなみに左に置いてあるキャリーバッグに、9日間分の荷物が全て詰まっています。
ここはドアを入って一番奥のベッドだったのですが、左側が壁で他の人が前の通路を通らないので、ほぼ個室に近い感じで快適でした。ただ荷物を置くところがないので、必要なものだけ取りだして、あとはコインロッカーに入れておくことにします。
そうこうしているうちに出港時間の19:50になり、船が動き出したようです。甲板に出ると、バックでゆっくりと港を離れていくところでした。南港内港はあんまり広くないので、よくこんな狭いところを通れるなあと思いながら、船員さんが無線で通信しながら作業している様子を眺めます。
↑出港時の様子。ゆっくりと港を離れていきます。
30分ほど甲板から外を眺め続け、そろそろお腹が空いてきたのでレストランに行ってみることに。食堂みたいに好きな料理を取って最後に精算するという形式で、刺身もおいしそうだったのですがちょっと割高だったので、悩んだ末に焼きカレーをチョイス。600円にしてはちょっと量が少なかったですが、割とおいしかったです。
↑ほんとは電子レンジで温めたかったのですが、故障していました・・・。
食べ終わって外に出ると、さっきよりかなりスピードアップしていて、風が肌寒く感じるぐらいでした。しかしそろそろ明石海峡大橋にさしかかるところだったので、しばらく待機。
↑遠くに明石海峡大橋のアーチが見えてきました。
↑近づくとその大きさに圧倒されます。
海上はとにかく真っ暗で、しかも風がきついので写真を撮るのはなかなか大変でした。そしてついに橋をくぐる瞬間、橋の上を眺めると走っている車が見えてちょっと感動!
↑橋をくぐった直後の様子。ライトアップされていて綺麗でした。
橋を過ぎてもしばらく景色を眺めていたのですが、陸から離れたせいかかなり暗くなってきて、しかも寒いのでもう早めに寝ることにしました。楽な格好に着替えて布団に入ったのですが、船自体の揺れは全くと言って良いほど感じないものの、エンジンの揺れは結構感じるので、少し寝付くまでには時間がかかりました。とは言うものの、夜行バスに比べれば快適この上ない環境です。コンセントもあるのでケータイも充電できますしね。ベッドではケータイの電波が入らないので、22時頃に就寝・・・。
明日はいよいよ九州に上陸しますが、それはまた次回。
2011年10月3日 00:34
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いよいよフランス滞在も今日が最終日です。6時半頃起床しシャワーを浴びたのですが、浴室から出るとドライヤーが見あたりません。これまで滞在したヨーロッパのホテルでドライヤーがないなんて経験はしたことがなかったので、まさかないとは夢にも思っておらず焦りました。とりあえず髪を拭いて服を着てフロントに借りに行ったのですが、なんとフロントにもドライヤーはないとのこと。前日の対応といいこの件といい、ほんとにこのホテルは最悪でしたね・・・。とりあえず髪は自然乾燥するに任せ、その間に荷造りをすることに。
8時過ぎに外出し、駅まで向かう途中にあるカフェに入ってクロワッサンとカフェラッテを注文します。ここのクロワッサンは冷たいまま出てきたので、ちょっとがっかり。食べ終わってからパリ・リヨン駅に向かい、まずはこのあと乗る予定の空港行きのシャトルバスのバス停の位置をチェックします。しかし少し迷って見つけたバス停にはバスの発車時刻が書いておらず、ちょっと不安になります。
↑パリ・リヨン駅の駅舎。たくさんの人が行き交っていました。
↑駅構内の様子。この黄色い機械に切符を通して自分で刻印を入れないといけません。
そのあと昨日と同じ24系統のバスに乗って中心部に出ようと思ったのですが、比較的近い所を走っている63系統のバスが先に来たので、そちらに乗ることに。このバスはセーヌ川沿いよりすこし内側の道を走るので、景色が変わっておもしろかったです。しばらくバスに揺られ、サン・シュルピス教会でバスを降りて、少し中を見ていくことに。ここはダ・ヴィンチ・コードの舞台となったことで有名のようですが、私は読んだことがないのでよくわからなかったのが残念です。
↑サン・シュルピス教会の外観。工事中だったのが悔やまれます。
↑内部の様子。ここはそこまで観光名所という感じでもないので、人影はまばらでした。
↑オルガンは大変立派なものでした。これは音を聴いてみたかったな。
↑翼廊から側廊を見たところ。かなり規模の大きな教会でした。
それから、北にすぐのところにある、サン・ジェルマン・デ・プレ教会へ。ちょうど入り口前には地元の子供達が集まっていたので、なにか礼拝でもあったのかもしれません。
↑教会内部は照明がついていて、独特の雰囲気でした。
↑ここのオルガンも立派だなあ・・・。
↑入り口の様子。ステンドグラスも少なく、意外と質素な教会でした。
時間があんまりないので慌ただしく写真だけ撮り、今度はセーヌ川の中州、シテ島に向かいます。
↑シテ島に向かう途中にあったスーパー。右端にアーティチョークが積み上げられてるあたり、日本とは違うなあと感じます。
少し歩いてシテ島に到着。まずはサント・シャペルに行こうと思ったのですが、ここは入場料がいるらしく入場待ちの行列が出来ていて、時間がもったいないのであきらめることに。その代わりに、シテ島の反対側にあるノートルダム大聖堂に行くことにしました。
↑シテ島の風景。この奥にサント・シャペルがあります。
↑セーヌ川沿いにはブキニストが使う緑色の箱がずらっと並んでいました。
↑サン・ミッシェル橋。左奥にノートルダム大聖堂が見えています。
↑そしてノートルダム大聖堂。広場は観光客でいっぱいでした。
↑大聖堂内部。さすがに荘厳な雰囲気です。
↑オルガンも聴いてみたかったなあ。
↑側廊にはステンドグラスや彫刻が並んでいます。
↑豪華絢爛なバラ窓のステンドグラス。素敵だ・・・。
↑横から見たところ。
ほんとはもっとゆっくりしたかったのですが、帰りの時間がそろそろあぶなかったので、ここも慌ただしく後にします。最寄りのバス停も幸いすぐ見つかり、ほどなくやってきた24系統のバスに乗り、パリ・リヨン駅経由でホテルに帰還。それからあわてて荷造りをし、ホテルをチェックアウトして空港行きのシャトルバス乗り場に向かいます。しかし運悪くバスは目の前で出て行ってしまいました。仕方がないので次のバスが来るまでここで待つことに。ここのバス乗り場には時刻表がないので、一体次のバスがいつ来るのか、さっぱりわかりません。なので同じくバスを待っている女性に、もう何分ぐらいここで待っているかを聞かれたりしました。15分待ってこなかったのでたぶん次のバスは30分後だろうと思い、次は多分11:30頃だと思いますよ、と返事。
そしてそろそろバスが来るかな・・・と思った矢先、バス停のある側道の入り口でなにやら事故があったらしく、パトカーがやってきて側道の入り口を封鎖し始めます。あれ、これはバス来たらどうなるんだろうと思っていたら直後にバスがやってきて、あろうことかバス停で待っている私たちを置き去りにして行ってしまうではありませんか!!もしかしてこの先の道路で停車して乗せてくれるのかな、という淡い期待もあったのですが、止まる気配もなくバスはあっさりと行ってしまいました。バス停には荷物の積み降ろし係の男性がいたのですが、彼に聞いてもわからないとのこと。先ほどの女性も詰め寄っていましたが、全くらちがあきません。ただでさえ1本バスを逃しているのにこれはまずい・・・!と思い始めたのですが、かといってRERと呼ばれる高速郊外鉄道で行こうとすると途中で1度乗り換えねばならず、急いでいるのにうまくたどり着ける自信がありません。そうこうしているうちに、同じくバスを待っていた別の男性はどこかにいってしまい、いよいよ途方に暮れそうになりました。そこでふと、この係員と言い合っていた女性も空港に行くんなら、同じタクシーで割り勘で行けないだろうかと思いつき、ダメ元でつたない英語で提案してみると、彼女にとっても渡りに船だったようで、あと何分か待ってバスが来なければそうしましょう、ということになりました。
結局バスはやって来ず、私は彼女と共にタクシー乗り場に移動。タクシー乗り場の案内係の男性が荷物をトランクに積んでくれたのですが、どうやら私は中国人と思われたようで、中国語で話しかけられました。以前もこんなことあったなあと思いながら、反応に困りつつ日本人ですと説明。とにかく女性の荷物がすごい量で、トランクもパンパンでした。そしてタクシーに乗り込み、シャルル・ド・ゴール空港へと出発!
車内では彼女と少し話をしたのですが、どうやらパリ在住の方のようで、これから海外に行くそうです。荷物が多かったので留学か何かかもしれません。先ほどのバスが行ってしまった件を信じられない、と私が言うと、その女性も”shame”だと言っていたので、よっぽど腹に据えかねていたんでしょうね。他に私が昨日までボーヌにいたことなどを話したりしていました。タクシーの運転手は結構なおじいちゃんだったのですが、高速道路をとにかく飛ばす飛ばす!そして約30分後の12:15頃、無事に空港に到着しました。運賃+荷物代で42ユーロだったので21ユーロずつ割り勘し、タクシーを降ります。シャトルバスでも16.5ユーロかかるところだったので、それほどかからずに済んだのはありがたかったです。それに日本人だけだとぼったくられる危険もあったので、同乗してくれる現地の人がいて本当に助かりました。そして女性とがっちり握手を交わして”Bon voyage!”と声をかけ、私もターミナルへと向かいます。
到着したのが2Dターミナルというところだったのですが、私が目指す2Eターミナルへは歩くと少し距離がありました。12:50までにチェックインを済ませないといけなかったので、まずはセルフチェックイン機でチェックインを済ませますが、関空のようにチェックイン済みならビジネスクラスのカウンターで荷物をすぐ預けたりといったことはできず、チェックインを待つ長い列に並びます。途中で成田行きの乗客を優先して手続きしていたので、どうやら成田行きの方が先に出発するようでしたが、関空に行く乗客は回りにいなさそうだったので、ちょっと不安になります。結局12:50ぎりぎりに荷物を預け、出国手続き、手荷物検査を済ませて搭乗口へ。
搭乗口近くにはLaduréeの支店があったので寄っていくことに。割れたマカロンの事を思い出し、ここにあるのわかってれば最初からここで買ったのに・・・と思いながらチョコを買うことにします。店員の東洋人ぽい女性に簡単なフランス語でこれをくださいと言い、お金を渡したのはいいのですが、肝心のチョコを受け取り忘れてしまい、その店員さんに日本語で呼び止められてしまいました。おおぅ、日本人だったのね・・・よけいに恥ずかしい(笑)。
↑シャルル・ド・ゴール空港2Eターミナル。なんだか近未来的な作りです。搭乗口はこの一番奥でした。
搭乗口にはすでに行列ができていました。しかしここまで来てしまえばそんなに急いでも仕方がないので、自販機のエスプレッソを飲んで一息つきます。それから列に並びましたが、並んだ瞬間に回りの乗客から関西の雰囲気が!やぱり新婚旅行で来る人が多いのか、カップルが多い印象でした。そして無事に飛行機に搭乗し、自分の席に座って離陸を待ちます。定刻の13:50頃に飛行機が動き出し、無事に離陸。まずはアペリティフにシャンパンをもらい、その後しばらくして1回目の機内食が出てきました。
↑1回目の機内食。今回も選択の余地無く和食になりました。の割にはマカロニとかありましたが。水のペットボトルの手前にある容器が何かと思ったのですが、トマトベースのスパイシーな冷製スープでおいしかった。
いつもは帰りの飛行機で大体気分悪くなって調子を崩すのですが、今回は大丈夫そうでした。隣の人がずっと寝ていたのでトイレに立つこともできず。ひたすら寝たりゲームしたりしていました。もう9月も下旬なのでさすがに高緯度地方でも日が落ち、あっという間に夜になってしまいました。そして着陸の1時間ほど前に2回目の機内食が配られます。
↑2回目の機内食。量も控えめでちょうど良かったです。左上のフルーツコンポートが、ネクターを濃くしたような感じでとてもおいしかった。
そしていよいよ飛行機は着陸態勢に。しかし滑走路が見えてくると同時に機体にたたき付けるすごい雨粒が!こんな大雨の中着陸するのは初めての経験だったので、ちょっとどきどきしましたが、無事に関西空港に到着。なかなか出てこない荷物にやきもきしましたが、なんとか空港の外に出ると、涼しくはなっているものの湿気の多さに大阪に帰ってきたことを実感しました。そして梅田でこれまた前回と同じようにラーメンを食べて自宅最寄り駅へ。まだ外はすごい雨で、仕方がないのでスーツケースにビニールをかけて家に帰ることにします。
というわけでフランス・ワインの旅はこれにて終了です。ボルドー・ブルゴーニュというフランスワインの二大産地をこの目で見て回ることが出来たのは、本当に貴重な経験となりました。残念ながらパリは駆け足での観光になってしまったので、今度行く機会があればもう少しゆっくりと見てみたいものです。
2011年8月18日 23:21
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マドレーヌ教会を出て一旦コンコルド広場に戻り、ここからあの有名なシャンゼリゼ大通りに入ります。
↑シャンゼリゼ大通り。マロニエの並木が綺麗です。はるか向こうに凱旋門がちらっと見えています。
↑歩道はこんな感じ。車の通行量は多いですが、歩道を散歩するのは楽しかったです。
シャンゼリゼ大通りは思ったよりも長くて、コンコルド広場から凱旋門まで歩くと大体2kmほどあります。最初はただ広い道路の両端に並木道の歩道が続いているだけなのですが、途中から有名ブランドショップが増え始め、だんだんと賑やかに。途中何回か信号で道を横切りながら写真を撮り、少しずつ凱旋門に近づいていきます。
↑やっと凱旋門の手前まできました。結構大きいなぁ・・・。そして上にのぼっている人が多い!
凱旋門のところはロータリーになっていて車の通行量が多いので、歩行者は地下道を通っていくようになっていました。地上に上がるとちょうど凱旋門の真下で、観光客もいっぱいです。上にあがるのはお金も時間もかかりそうだったのでやめておきましたが、天気が良ければ上からの眺めは最高だと思います。
↑凱旋門のまわりはロータリーになっていて、車の通行量がとても多かったです。これは今まで歩いてきたシャンゼリゼ大通り方面。
↑現地に行って初めて知ったのですが、凱旋門はこんな風に四本足(?)になっていて、いろんな方向から見ても門の形に見えるようになっています。
その後凱旋門を離れ、シャンゼリゼ大通りから見て左方向にあるクレベール通りへ。通りに入ると観光客が激減し、地元の人とおぼしき人が時々歩いているだけなのにびっくりしました。まあお店の数もまばらだったので、ある意味当然かもしれません。この通りを1km少々直進すると、シャイヨー宮が見えてきます。
↑シャイヨー宮にはいろいろな博物館が集まっています。
↑同じくシャイヨー宮近くにあるシネアクアの入り口。水族館と映画館が複合した施設のようです。
↑シャイヨー宮の北西側からぐるっと回り込んで南東側へ。ここはパリ万博の際に作られたモニュメントだそうです。
↑そして同じ位置で振り返ると、そこにはエッフェル塔が!
ここからイエナ橋を渡り、エッフェル塔の真下に向かいます。エッフェル塔は思ったより渋い色合いで、なかなかかっこよかったです。しかし橋のあたりからエッフェル塔のフィギュアを売る黒人がやたら多くて、ちょっと閉口しました。途中で警察でも来たのか、集団で猛ダッシュして逃げていくのが見えて、やっぱりぼったくり価格で売ってるのかなと思ったり。
↑エッフェル塔の真下も観光客でいっぱいでした。足の部分を斜めに上っていくエレベーターはなかなか楽しそうでした。
そしてここで南米系とおぼしき家族連れに写真を頼まれたので撮ってあげることに。写真を頼んでくる人は怪しい人じゃないと思っているので、私もカメラを渡して一枚撮ってもらいました。エッフェル塔も天気が良ければ上りたかったのですが、時間もあんまりなかったので、下から眺めるだけにします。
↑真下から見上げたエッフェル塔。この鉄骨の幾何学構造がたまらんですね・・・。
エッフェル塔の真下を通り抜け、その先のシャン・ド・マルス公園へ。ここも散歩をするには最高の雰囲気でした。
↑シャン・ド・マルス公園から見たエッフェル塔。これがベストショットかな・・・天気さえ良ければなぁ。
↑シャン・ド・マルス公園の突き当たりにあるエコール・ミリテール(旧陸軍士官学校)。
ここから左に曲がり、ナポレオンの墓があることで有名なアンヴァリッドへ向かいます。するとその途中でLenôtreというマカロンのおいしそうなお店があったので、おみやげに買っていくことにしました。
↑アンヴァリッドを正面から見たところと、振り返って門を見たところ。門には警備員が立っていて、なかなかものものしい雰囲気です。
↑そしてたくさんの大砲が敷地の外に向かって並べられているのも印象的でした。
結局時間が遅かったのでアンヴァリッドも入らず、そのまま北に歩いて行きます。セーヌ川を渡り、ようやく出発地点であるコンコルド広場まで戻ってきました。
↑交通量の多いコンコルド広場。
↑ゆったりと流れるセーヌ川。左側にエッフェル塔が見えています。
せっかくここまで戻ってきたので、来る途中で行列が出来ていたマドレーヌ教会近くのLaduréeに寄っていきます。店内で少し並び、適当にマカロンを6つほど選んで買ったのですが、普通に紙袋に入れられてしまったので、これはお土産にするには無理があるな、と思い後で自分で食べる事にしました。
帰りはマドレーヌ教会そばのバス停からバスに乗ろうと思ったのですが、目的のバス停がなかなか見つかりません。バス停を探している途中でたまたまフォションのお店を発見し、ちょっと入ってみることに。しかし店内は中国人と日本人ばかりで、どうにも居づらくて何も買わずに外に出ました。そしてバス停を無事発見し、ほどなくやってきた24系統のバスに乗ります。そろそろ帰宅ラッシュの時間で車が多く、所々渋滞していたのですが、24系統のバスは比較的空いている道を走っていくので、それほどひどく時間がかかるというほどではありませんでした。そしてパリ・リヨン駅でバスを降り、一旦ホテルに戻ることに。
部屋で荷物を降ろし、フロントでおすすめレストランを聞いてみたのですが、そんなものはないとつれない返事。じゃあレストランのあるエリアはどの辺ですかと聞いても、ちっとも要領を得ないので、あきらめて手持ちのガイドブックに載っている近くの店に行ってみることに。お店の前に出ているメニューを見るとやや高めの値段設定だったので、ちょっと悩んで近くの他の店も探してみたのですが、あんまりこれといった店もなかったので、まあ最終日ぐらい少しぜいたくしてもいいかと思い直し、最初のお店”La Gazzetta “に入ることにします。中は少しこじゃれた感じの店構えで、少し緊張しましたが、表のメニューに書いてあった5皿39ユーロのコースと、コート・ド・プロヴァンスのマスカローネという赤ワインをグラスで注文しました。
↑サバの燻製焼き、キクイモとレモンのコンフィ添え。サバとレモン風味の甘いソースが意外と合っていました。
↑カキとトマトのエクラゼ、ズッキーニ添え。エクラゼとはつぶした、というような意味のようです。さっぱりした味でした。
↑干し草で調理され、ローストされたニンジン、セモリナミルクとクレソン添え。とでも言うんでしょうか。最初肉料理かと思って食べたら思いっきりニンジンだったのでびっくりしました。
↑サルト産牝鹿のステーキ、西洋ゴボウとエストラゴン、ピーマンとシナモン添え。これが今日のメインディッシュです。少し固かったですが、さすがのお味でした。このとき頼んだハウスワインもたぶんメルロー主体だと思うのですが、悪くなかったです。
↑西洋スモモのスープとミニミルクアイス。そして良く煮たリンゴをチョコレートに載せ、カタバミを添えたもの。アイスクリームがソースと相まって美味でした。
最後にカフェ・ノワゼットを頼み、店を後に。この旅で初めての、洗練されたフランス料理を食べた気がしますが、確かにどれもおいしくて満足でした。全部で50.4ユーロ(約5,800円)ほどしましたが、料理の質を考えれば悪くなかったです。
店を出て一旦途中まで帰ったのですが、メニューの写真を取り忘れていたことに気づき、あわてて店まで戻ります。もう時刻は21時を回っていて、あたりも薄暗くてそんなに治安が良いわけでもなさそうだったので、さっさと帰ることに。ホテルのフロントで無線LANのパスワードを聞き、部屋で少しネットにつないでから就寝。夜中まで周囲が騒がしいのが少し気になりました。
翌日はいよいよフランス滞在最終日ですが、それはまた次回。
2011年8月13日 00:47
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夜中に目が覚めたので、風邪薬を飲んで再び就寝。なんとか効いてきたようで、まだ喉は痛いものの7時頃に起床してシャワーを浴びます。その後ロビーに行き、アドエスで無線LANに接続して帰りの飛行機のチェックインを済ませました。
↑前日買っておいた、朝ご飯のサンドイッチ。もうパンからして日本のものとは違います。残りは昼ご飯にすることに。
一旦部屋に戻り、身支度を済ませて9時頃に外出。今日は11時にボーヌを出発する予定だったので、最後に街を見納めてくることにします。
↑ボーヌ滞在中に宿泊していたホテル セントラル。ボーヌはホテルが少ないので、あまり選択肢はありません。
↑前日訪れたオテル・デュー。やっと晴れ間も見えてきました。
↑オテル・デューの前にあるみやげ物屋。富士フイルムの看板はこんなところにもあるんだなぁ。
その後前日も行ったスーパーに立ち寄り、おみやげ用のマスタードを購入。それから観光案内所に行き、ブルゴーニュのぶどう畑の地図(有料)を入手しました。ついでにここにはエスプレッソの自動販売機があったので、休憩していくことにします。ここは0.4ユーロと、駅の自販機よりも安かったです。
そろそろ出発の時間が近づいてきたので、ホテルに戻り荷物をまとめてチェックアウト。ワインやらマスタードやらを買ったせいで、スーツケースが重くて石畳の道を歩くのが大変でしたが、なんとか駅に向かいます。駅には20分ほど前に着いたので、しばらくは写真を撮って時間をつぶすことに。
↑ボーヌ駅。私と同じように列車を待つ人が結構いました。
↑通過していった貨物列車。よく見ると貨物車には「DB」の文字が。ということはこれはドイツから来たのかな。
↑逆方向に向かうTER。ローヌ・アルプの文字が入っているので、リヨン方面に向かう列車でしょうか。
↑これから乗る11:05発のディジョン行きTERがやってきました。電気機関車がすごく無骨なデザイン。
よく考えると、一昨日自転車と一緒に乗り込んだTERもこれと同じ列車でした。帰りはパリに直行するTGVがちょうど良い時間になかったので、一旦ディジョンまで行って、そこで乗り換えることになります。車内は空いていたので、適当な座席を見つけて座りましたが、スーツケースが重くて荷物棚に上げるのが一苦労でした。
↑TERの車内。一昨日乗った車両よりは古そうな感じでした。
途中コート・ドールのぶどう畑は一面霧に覆われていて、全然視界がききません。こういう気候がワインの味に影響を与えているんだろうなあとか思いながら外を眺めていました。ディジョン駅手前には予定より10分ほど早く到着したのですが、信号待ちのせいかしばらく待たされ、結局予定より5分ほど早くディジョンに到着。一昨日と同じ列車のはずなのに、なぜか到着ホームは一昨日と違うところでした。ここで11:52発のTGVに乗り換えのため、ホームを移動します。
↑駅標と列車案内板。電気機関車にもペイントされているのが斬新だなぁ。
しばらくしてTGVが到着。私以外にも結構ここから乗る人がいました。車内に入り、まずは自分の席を探したのですが、私が座るはずの席にはすでに見知らぬ誰かが座っています。まあ以前にもこんなことがあったので、またか・・・と思いながら、切符を見せて席を空けてもらいました。パリまでは2時間弱の列車旅ですが、途中パソコンやケータイの音を切らずに使ってる人が何人かいて、なかなかにぎやかでした。Windowsのおなじみの警告音が聞こえてきたときには思わず苦笑。車内では備忘録代わりのノートを書いたりうとうとしたりしているうちに、パリの街並みが見えてきました。そして13:30頃、パリ・リヨン駅の旧コンコース側に到着。
パリ・リヨン駅の正面出口を出て、とりあえず今夜泊まるホテルを目指します。駅前は立体構造になっているので、地図がわかりにくくて仕方なかったのですが、まず階段を下り、ここかなと思う通りを歩いて行きます。道はすぐにわかったのですが、ホテルまでは5分少々とちょっと離れているようです。ホテルも名前が大きく出ていないのであやうく通り過ぎてしまうところでした。
ホテルに入り、まずはチェックインしようと思ったのですが、手続きしてからなぜか10分ほど待たされました。フロントの人同士がずっと何やら話していたのですが、その後呼ばれ、どうやら部屋にトイレがあると書いてあるけど、実際にはトイレは共用だということのようでした。それで少しまけてくれるのならともかく、何もなかったのは納得がいきませんが、とりあえず前払いの宿泊費65ユーロをカードで払い、2Fの部屋へ。エレベータもないし、部屋に冷蔵庫もないし、ちょっと設備には不満が残るホテルでした。
結局うだうだしているうちに14:30を回ってしまいましたが、これからパリ市内を観光してくることにします。しかし部屋を出てフロントに向かうと誰もいなかったので、仕方なく鍵を持ったまま外出することに。まずはパリ・リヨン駅に戻り、駅の中にある観光案内所で無料の地図をもらいました。あとバスの路線図も欲しかったのですが、ここにはないと言われたので、地下鉄のリヨン駅に降り、市内交通の案内所でもらうことにします。ついでに券売機で市内交通の1回券を2枚買い、再び地上へ。ここから24系統のバスに乗って市内中心部を目指すつもりだったのですが、バス停に着くとちょうど前のバスが出たところだったので、しばらく次のバスを待ちます。この24系統のバスはセーヌ川沿いを走るので、車窓からの景色を眺めるだけでも観光気分を味わえる路線です。
やってきたバスに乗り、しばらくはガイドブック片手に観光気分を味わいながら西に進んでいきます。セーヌ川沿いにはブキニストと呼ばれる古本を売る露天商がずらりと並んでいてとても印象的。しばらくするとノートルダム大聖堂やルーブル美術館が見えてきて、テンションも上がります。そしてコンコルド広場でバスを降り、まずはマドレーヌ教会に行ってみることに。すると途中の道沿いに、店内に行列のできているマカロン屋さんがあり、思わず足を止めてしまいました。帰国してから知りましたが、ここは日本にも支店のあるLadurée(ラデュレ)だったようです。とりあえず今は何も買わずに店を後にし、マドレーヌ教会に入ることに。
↑マドレーヌ教会の外観。なんとなくギリシャの神殿っぽい?
↑入って正面と、祭壇近くの様子。完成したのが19世紀なので古さはありませんが重厚なイメージです。
↑オルガンの装飾も立派なものでした。
マドレーヌ教会を出た後はシャンゼリゼ大通りから凱旋門、エッフェル塔とパリの観光スポットを巡りますが、それはまた次回。
2011年8月5日 00:25
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お昼を食べ、再びホテルを出発。すぐそばにあるワイン市場(Marché aux Vins)に行こうとしたのですが、ちょうどお昼休み中だったので、15分ほど近くのみやげ物屋で時間をつぶすことに。そして改めてワイン市場に向かいました。
入り口で10ユーロ払い、ワイン市場の中へ。ここは10数種類のブルゴーニュワインが試飲できる施設で、気に入ったワインを購入することもできます。階段を下りてカーブに入ると、そこには薄暗くひんやりとした空間が広がっていました。
↑ワイン市場のコレクション。100年以上前のワインも並んでいました。もちろんここは厳重に施錠されています。
↑ワイン市場地下の様子。薄暗くてとても雰囲気があります。ところどころにテーブル代わりの樽が置いてあり、そこで自由に試飲ができるようになっています。
とにかく試飲できるワインの種類が多いので、最初から飲みまくると後が大変なことになると思います。それに最初は白ワイン、途中から赤ワインが出てきて、後の方になるほどグレードが高くなっていくのでなおさらです。私も最初は一口だけ飲んで、あとはもったいないと思いつつも味だけみて吐き出す感じで試飲をしていきました。正直、最初の方のワインはあんまり大したことがないなと思ったのですが、地下を出てワインのグレードが上がったあたりから、やっとブルゴーニュらしいワインが出てきたように思います。
↑シャンボール・ミュジニーも試飲することができました。
他にもジュヴレ・シャンベルタンやヴォーヌ・ロマネ、ポマールなどがありましたが、今まで飲んであまりピンと来なかったジュヴレ・シャンベルタンは、やっぱりここでもピンと来なかったので、どうも自分には向いていないのかもしれません。
最後の販売コーナーでは、試飲してみておいしかったアロース・コルトン2005のハーフボトルを9.9ユーロ(約1,100円)で購入。これは今晩いただくことにします。
ワイン市場を出て、別のワインカーヴに行こうと思ったのですが、すぐ近くのはずなのになぜか入り口が見つかりません。仕方がないので少し足をのばしてマスタード工場の見学でもしようと思ったら、こちらも見学は午前中のみでした。おまけに途中で道に迷いそうになるし、もうさんざん・・・。結局他に行くあてもなかったので、ボーヌの街を城壁に沿ってぐるりと歩き、Bouchard Aîné & Fils (ブシャール・エネ・エ・フィス)というワインカーヴへ。ここはツアー形式での試飲のみで、次回は16時スタートとのことだったので、30分ほど近くをぶらぶらすることにします。
↑街外れにある聖ニコラ門と市庁舎。ヨーロッパの市庁舎は風格のある建物が多い印象があります。
16時が近づいてきたので、再び先ほどのワインカーヴへ。入場料の9.5ユーロを払い、しばらく待っていると他の参加者もやってきました。総勢10人ほどでツアーがスタートし、まずは地下のカーヴへと案内されます。説明はフランス語と英語の両方でしてくれるのですが、最初私もフランス語組の方に入れられそうになり、あわてて英語組の方へ。ここでもまずは白ワインから試飲がスタートし、徐々に濃いワインへと進んでいきます。特にこのツアーは五感で味わうワインというのがコンセプトのようで、音や色、香り、手触りなどでワインを表現するというような事を説明しているようでした。料理とのマリアージュを紹介したパネルも展示されていたのですが、その中に白ワインと串カツの取り合わせもあり、思わずにやりとしてしまいます。
カーヴを出て、さらに試飲が続きます。するとここで、エシェゾー Grand Cruが登場し、試飲させてもらえると言うことで一気にテンションが上がります!これ、買うと1本1万ぐらいするんだろうなあと思いながらおそるおそる飲みましたが、とてもエレガントでとげとげしさのない、おいしいワインでした。でもさすがに自分で買うには高すぎるかな・・・。
結局おみやげにはサヴィニ・レ・ボーヌを18ユーロで買い、私と入れ違いでツアー旅行者が大量に中に入っていくのを見届けてからワインカーヴを後に。まだ17時頃でしたが、もう他に回るあてもなかったですし、ちょっと疲れも出てきたので、早々に戻ることにします。
今夜の夕食はレストランで食べず、食材を買ってホテルの自室で食べようと思っていたので、まず近くのパン屋でパンを買っていくことに。パン1本は多いなあと思っていたら、ちょうど半分に切られたバタールが残っていたのでこれを買うことにしました。その後スーパーマーケットへ行ったのですが、スーパーはとにかく楽しくて、見ていて全然飽きません。これまで見たスーパーの中では小規模とはいえ、ほどほどに広く、食料品以外の本や文房具類も充実している印象でした。いろいろ悩んだ末に、今夜食べる用のチーズとスモークサーモン、生ハム、明日の朝ご飯用のサンドイッチ、あとおみやげ用にチーズとマスタード、ワイン、そして食べるために必要なフォークなどを購入。あと普通のハムも買おうと思ったのですが、ショーケースの向こう側に並んでいるので、最初どうやって買うのかわからなくて困ってしまいました。しかしどうやらショーケースの中にいる店員さんにどれを何グラム買うか伝えれば切り分けてくれるようだったので、意を決して買いたいハムを指さし、”Cent gram, s’il vous plaît!”と言うと、100g分のソーセージを切りかけ、バーコードの付いたシールを貼って渡してくれたので、どうやらこれをそのままレジに持って行けば良いようです。
そしてレジに行くと結構人が並んでいたので、セルフレジを使うことに。最初に言語を選ぶようになっていたので、迷わず英語を選んだのですが、いつの間にかフランス語に戻っているという、何のために選ばせたんだ・・・というようなシステムに思わず苦笑。そして買い物袋は別料金のようだったので、どうやって手に入れるんだろうと悩んでいると、そばの店員さんがやってきて、こうやってバーコードをスキャンするのよ、と見せてくれました。いや、それは知ってるよ!悩んでるのは別のことなんだー!・・・と内心思いながらもうまく伝える術がなく、仕方がないのでそのままスキャンしていきます。いっぱい買い物したので金額が60ユーロを超えたのですが、幸いクレジットカードが使えるようだったので、ありがたく使わせてもらうことにしました。そして自分のカバンに商品をパンパンに詰め込んで、スーパーを後に。
ちなみに前回イタリアを旅行したときの経験から今回もおみやげ用にチーズをいっぱい買ったのですが、真空パックされたチーズだったら多少常温に置いても大丈夫だったので、おみやげにはおすすめです。今回はミモレットとゴーダ、エダム、カンタルチーズなんかを買いましたが、ちょっと良いミモレットはともかく、他のチーズは290gで2.37ユーロ(約270円)と、日本で買う値段と比べると半値以下で買えたのでかなりお得感がありました。
重いカバンをかかえ、ホテルに戻ると19時近くになっていました。というわけで部屋飲み(?)開始!
↑左上から時計回りに、バタール1/2本、生ハム、スモークサーモン、ハム、シェーブル(山羊のチーズ)
改めて見たら自分でも思うのですが、ちょっと量を買いすぎてしまったようで、半分ぐらい食べたところでもうお腹いっぱいになってしまいました。一つ一つはおいしいのですが、脂っこいものばかりなのもちょっときつくて、サラダでも買えば良かった・・・と後悔しました。あとシェーブルチーズを初めて食べたのですが、クセが強くてちょっと私には合いませんでした。とはいうものの、量り売りのハムはとてもおいしく、なによりワインが最高でした。
↑昼間ワイン市場で買ったアロース・コルトン 2005のハーフボトル。これはほんとにうまかった・・・。
パンはなんとか食べきりましたが、その他の食材は残ってしまい、仕方なく冷蔵庫へ。そして日中寒かったせいかのどが痛くて、どうやら風邪をひいてしまったようです。でもお酒飲んでるので今すぐ薬を飲むのも良くないと思い、まだ20時台でしたがベッドへダイブ。
翌日はボーヌを出てパリに向かいますが、それはまた次回。
2011年7月18日 20:33
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目覚ましの鳴る7時より少し早く目が覚めたので、ごそごそと起きだしシャワーを浴びます。8時半頃に外に出ると、予想はしていましたが雨がぱらつくあいにくの空模様。そしてとにかく寒い!とりあえずホテルすぐそばのカフェ兼バーのようなお店に入り、クロワッサンとカフェオレを頼みます。ここのクロワッサンは熱々でさくさく、しかも結構食べ応えのあるサイズでとてもおいしく感じましたし、カフェオレもエスプレッソ風の濃いコーヒーで目覚めの一杯としては最高でした。そんな素敵な朝食を取りながら、今日一日の計画を練ります。
まずはボーヌ中心部で一番の観光名所、オテル・デューへ。朝一で見たときはツアー客でごった返していたのですが、この頃には多少落ち着いていました。
ここは15世紀に貧しい者のために建てられた病院で、病院自体が所有するぶどう畑からできるワインの販売によって収入を得る代わりに、無料で医療を受けることができるようになっていました。現在では病院としての機能はなくなり、所有するぶどう畑の面積も減ってしまいましたが、今でもオスピス・ド・ボーヌのワインオークションは世界的に有名です。ここには日本語のパンフレットもあり、とても助かりました。
↑屋根が美しいオテル・デュー。この屋根はブルゴーニュ地方独特のものです。
↑建物に入ってすぐのところにある、貧しき者の広間。両側に病人のためのベッドが並び、一番奥にはチャペルがあります。中央の通路にはテーブルが置かれ、ここで食事をしたようです。
↑ベッドはこんな感じ。大部屋ですが、なかなか豪華なベッドです。
↑チャペル側から撮ったもの。天井が高く開放感があります。40年前まで実際にここが使われていたのにも驚きです。
↑一番奥にあるチャペル。ここが宗教と医療の共存する空間だったことがよくわかる施設です。
↑聖ユーグの部屋。ここは身分の高い者たちの病室だったようで、壁と天井の絵が見事です。
↑瀕死の病人を看護していた「聖ニコラの部屋」は、現在展示室になっていました。これは有名なオスピス・ド・ボーヌのワインです。毎年11月第3日曜日を含む3日間は「栄光の3日間」と呼ばれ、ブルゴーニュを代表するお祭りとなっているのですが、そのなかでもオスピス・ド・ボーヌのオークションは、注目のイベントとなっています。
↑かつてのオテル・デューの写真。左側に写っている井戸は現在もそのまま残っています。
↑ここは厨房です。右端についた自動人形がユーモラス。
↑白鳥の首の形をした蛇口がおもしろいような不気味なような・・・。
↑中庭の井戸。先ほどの古い写真にも写っていたものです。
↑中庭をぐるりと取り囲む回廊。2層構造になっていて、雨の日は上を通って移動していたようです。
↑配膳室と薬局。かつては薬が流通しておらず、ここで薬の製造をしていたようです。
↑改めて中庭。外の通りに面した左側の建物の屋根が質素なのは、ここに金目の物があるとみて狙われるのを避けるためだったそうです。
一通り見学を終え、特におみやげ等は買わずに外へ。すぐ近くのノートルダム教会へと向かいます。
↑なにやら工事中なのが残念でしたが、立派な外観です。
↑街の規模からすればかなり豪華な造りだと思います。
↑祭壇付近。ステンドグラスが目を引きます。
↑これは側面部にあるステンドグラスですが、やはりこの街の規模にしては豪奢な感じがします。
↑そしてオルガン。残念ながら音は聞けませんでしたが、これも立派なものです。
それからすぐ近くのワイン博物館へ。しかし間違えて裏口から入ってしまったようで、まずは屋外に展示してあったぶどうを搾る器具を見ることにします。
↑ぶどうを搾る搾汁機。昔使われていたもののようです。
その後ワイン博物館の中に入り、展示物を見ていきます。ここも各部屋ごとに日本の解説パネルが用意されていたので、助かりました。ぶどう栽培や収穫に用いる器具などの展示が多かったのですが、特に興味深かったのはワイン用の樽作りを紹介したビデオ。結構昔に作られたもののようで、親方と弟子の仕事の様子が少しコメディータッチなドキュメンタリーになっていて、つい見入ってしまいました。他にも昔の瓶やワイングラスも、少しいびつなところが味があって興味深かったです。
↑昔のワインラベル。100年ほど前のものもありました。
ワイン博物館を出るともう13時になっていました。お腹が空いてきたので、近くのパン屋でカレー味のサンドイッチとメレンゲのお菓子を買って一旦ホテルに戻ります。が、途中で道に迷ってしまい、気づいたらさっきまでいたパン屋さんの前へ(笑)。まるでマンガのような道の迷い方をしましたが、なんとかホテルに帰り着き少し遅いお昼にします。
↑泊まったホテルの部屋。一番奥まった部屋で入り口から遠いことを除けば、快適でした。
↑お昼に食べたサンドイッチ。とにかくでかい!カレー粉っぽい味のソースが塗ってあってなかなかおいしかったです。
↑一緒に買ったチョコチップメレンゲ。こちらも1ユーロで買った割にでかい!確か長さ20cm近くあったように思います。こんなのとても一度では食べきれない・・・。
この後はワインの試飲に回るのですが、それはまた次回。
2011年7月3日 21:05
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ブロションを過ぎ、いよいよジュヴレ・シャンベルタンへと入っていきます。ここでは観光案内所があったので立ち寄り、地図をもらうことに。この地図には畑ごとの区分けが詳しく書かれていて、重宝しました。
↑ジュヴレ・シャンベルタンの入り口。ここまでの村に比べてぶどう畑の面積はかなり広いように思いました。
↑マジ・シャンベルタンの畑。同じAOCの中でも、特級(グラン・クリュ)や一級(プルミエ・クリュ)などの優良な畑はこのように名前が付けられ区別されます。
↑はるか彼方まで続くジュヴレ・シャンベルタンのぶどう畑。
↑シャンベルタン・クロ・ド・ベーズ。ここも有名な特級畑です。
シャンベルタンで畑や収穫風景を撮りつつうろうろしていると、収穫作業をしていた東洋風の男性から不意に日本語で「こんにちは」とあいさつされました。最初いきなりのことで何が何だかわからずにわたわたしていると、ここがラトリシエール・シャンベルタンの畑だと教えてくださいました。まさかここで日本人に出会うとは思わなかったのでびっくりしましたが、どうやらこのあたりに住んでらっしゃる方のようです。ほんとはもっといろいろお話したかったのですが、収穫作業で忙しそうにされていたので、そのまま失礼することにしました。
↑ぶどうを運ぶトラック。ここで日本人の男性にお会いしました。
↑男性が教えてくれたとおり、この区画がラトリシエール・シャンベルタンでした。
グラン・クリュの間を抜け、この先はこれまた有名な産地であるモレ・サン・ドゥニです。
↑モレ・サン・ドゥニ。ここもグラン・クリュの宝庫です。
↑モレ・サン・ドゥニの北端にあるグラン・クリュ、クロ・ド・ラ・ロッシュ。もうこのあたりのワインになってくると軽く1本1万円を超すレベルになってくるので、飲む機会がないのが悲しい・・・。
↑モレ・サン・ドゥニの中心部。他の村もそうですが、ここもぶどう畑を走っているといきなりこのように村の中心部に突入し、あっという間にまたぶどう畑に戻る、というような風景の繰り返しでした。
そしてモレ・サン・ドゥニの市街地を通り抜け、その先はシャンボール・ミュジニーです。
↑シャンボール・ミュジニー。ここは力強いジュヴレ・シャンベルタンに比べてエレガントなワインを産することで有名な産地です。
↑シャンボール・ミュジニー中心部の路地裏に置かれていた、除梗後のぶどうの茎。取り切れなかったぶどうの果実が少しだけ残っています。
↑シャンボール・ミュジニーのぶどう畑。はるか丘の方まで続いています。
シャンボール・ミュジニーを過ぎ、この先はヴージョです。ここにはシャトー・デュ・クロ・ド・ヴージョという、現在はワイン作りに関する博物館になっている建物があるので、そこに行ってみることに。
↑シャトー・デュ・クロ・ド・ヴージョの建物。お城のようで素敵な外観です。
しかしシャトー・デュ・クロ・ド・ヴージョに近づいていくと、なにやら路駐がすごくて、人もたくさん歩いています。一体何事だと思いながら中に入ったのですが、どうやらなにか催し物をしているらしく、ワインに関する講演会や、ワイン関連の書籍の販売などが行われていました。普段は入場料がいるのですが今日はどうやらフリー入場のようです。
↑内部には意外と質素で無骨な建物がありました。この中にはワイン製造に使われる器具類が展示されています。
↑これはその催しにあわせて展示されていたもので、ワインを表現するのによく「~の香り」と言いますが、じゃあその「~の香り」って実際にはどんな香りなのか、というのを体感できるようになっていました。これはフルーツ・コンフィ(果物の砂糖漬け)の香りです。他には革の香りやバニラの香り、みたいなものも。
↑そしてびっくりしたのがこれ。ワイン関連の本の即売会場で積まれていたのは、まぎれもなく「神の雫」と「ソムリエ」でした。ワインの本場フランスでも評価されているんですねー。来場者が興味深そうに中を眺めていたのが印象的でした。
とにかく人が多くてあまりゆっくりもしていられなかったので、これぐらいにして外に出ます。もう時刻も15:30を回っていたので、先を急がなくてはなりません。ここからはレンタサイクル屋の店主オススメのルートである、丘寄りの道を通っていくことにします。
↑丘の上から撮ったシャトー・デュ・クロ・ド・ヴージョ。ほんとにぶどう畑のど真ん中にぽつんとたたずむイメージでした。
この丘寄りの道はまさに農道といった感じで、車もほとんど通りません。そしてこの先はいよいよあのロマネ・コンティのある、ヴォーヌ・ロマネ!
↑ヴォーヌ・ロマネの特級畑の一つ、グラン・エシェゾー。ここはあのロマネ・コンティを所有するDRC(ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ社)も畑を持っており、そのワインはロマネ・コンティほどではないにせよ、1本10万円台で取引されています。
↑ヴォーヌ・ロマネ中心部。小さいですが綺麗な街並みでした。
ここにはぶどう畑の地図があったので、ロマネ・コンティを探します。どうやらここからすぐ西に行ったところにあるようなので、そちらに向かうことに。するとどうやらそれらしいところを見つけたのですが、特に目立つような看板も何もなく、畑の広さも他と比べてかなり狭い(わずか1.81ha)ので、言われないと通り過ぎてしまいそうでした。
↑これがロマネ・コンティの畑です!・・・といっても他のぶどう畑と特に違うようには見えませんでした。まあそりゃそうですよね。
↑ロマネ・コンティの唯一の目印がこの十字架です。しかしここにもはっきりロマネ・コンティと書かれているわけではないので、やはり言われないとわからないと思います。
↑ロマネ・コンティのすぐ近くにあるグラン・クリュ、リシュブールとロマネ・サン・ヴィヴァンです。ここにもDRCは畑を持っており、品質の高いワインを生産しています。
↑このあたりも場所によっては起伏の激しい土地柄でした。
ヴォーヌ・ロマネからニュイ・サン・ジョルジュに向かって自転車を走らせていると、向こうから人を乗せたトラクターがやってくるではありませんか。道幅が狭いのでどうしようかと思っていたらトラクターは停車し、私を通してくれました。乗っていたおじさんに”Merci, Monsieur!”と声をかけ、先を急ぎます。
そしてようやくニュイ・サン・ジョルジュに到着。ここはオート・コート・ド・ニュイの中心地だけあって、ここまでの村に比べるとやや市街地化されている印象です。
↑ニュイ・サン・ジョルジュ中心部。ぶどうのモニュメントがつるされています。
しかしちょうどヴァンダンジュの真っ最中なせいか、街の中は静まりかえっていました。この地方の村や町にはたいがいデギュスタシオン(試飲)をしてワインを買えるドメーヌ(ぶどう畑を持ち、自ら醸造、瓶詰めする生産者)があるので、そこも立ち寄ってはみたものの、ヴァンダンジュで忙しいから、と断られてしまいました。まあ一年で一番忙しい時期ですから、仕方ないですよね・・・。他の季節に行かれる方は、ぜひ各地で試飲をしてみられると良いと思います。
↑ニュイ・サン・ジョルジュの姉妹都市が看板に記されていたのですが、一宮の名前が!どうやら旧・山梨県一宮町と姉妹都市だったようなのですが、現在一宮町は合併して笛吹市となっているようです。
↑ニュイ・サン・ジョルジュ郊外では、採れたてのぶどうをまさに除梗しているところでした。テントの左側に突き出た銀色のコンテナにぶどうが入っており、これががたがたと揺さぶられて果実だけが下に落とされていきます。
ここから先はしばらくめぼしいぶどう畑がないので、どこを走ろうかと考えながら、とりあえずSNCFの線路際を走っていくことに。プルモー・プリセ、コンブランシアン、コルゴロワンと、あまりコート・ド・ニュイ地区の中でも有名ではない産地を通過していきます。この3村は単独のAOCを持たないので、このあたりのワインはAOCコート・ド・ニュイ・ヴィラージュとして流通しているようですね。ただ線路際を走っていると、ぶどう畑でないところも目に付きました。
↑SNCFの線路。架線を見ると結構高速運転に対応した造りになっているようです。
↑コルゴロワン駅。あまり停車する列車は多くなさそうで、閑散としていました。
そしてここでコート・ド・ニュイ地区は終わり、ここからはコート・ド・ボーヌ地区に入ります。
コルゴロワンを出てしばらくすると、まずラドワ・セリニーに入ります。そしてここでアロース・コルトンとショレ・レ・ボーヌとの分岐点が現れました。
↑右に行くとアロース・コルトン、左に行くとショレ・レ・ボーヌで、どちらもここから2kmの道のりでした。
どちらの行こうかとしばし考えた末、まずは右のアロース・コルトンに行ってみることに。アロース・コルトンは昨夜レストランで飲んでおいしかった赤ワインの産地なのでやはり気になります。途中N74号線(ボーヌ道路)を渡るとき、車の往来が多い上に信号が無いので難儀しましたが、それを越えるとすぐ先がアロース・コルトンでした。ここには赤のコルトンと、白のコルトン・シャルルマーニュという2つのグラン・クリュがあり、有名な産地です。
↑アロース・コルトンに到着!もう17時を回っていたので、ちょっと日が傾いてきました。
さらにここから2km先にペルナン・ヴェルジュレスがあるので、そちらにも行ってみることに。コルトンほどの知名度はありませんが、ここも比較的リーズナブルで良質なワインを作っているところです。しかしコルトン自体が丘になっており、さらにペルナン・ヴェルジュレスにかけて斜面になっているので、さすがにそろそろ疲れが出てきた体には、坂を上るのがちょっときつかったです。
↑コルトン・シャルルマーニュにあるBonneau du Martray(ボノー・デュ・マルトレイ)の畑。一見してわかるように、すごい傾斜地にぶどうが植えられています。
↑石標?とでも言うんでしょうか。ここがコルトン・シャルルマーニュで、右がアロース・コルトン、左がペルナン・ヴェルジュレスという位置関係がよくわかります。
↑やっとペルナン・ヴェルジュレスに到着!疲れた・・・。小さくてかわいらしい村でした。
↑ペルナン・ヴェルジュレスの丘の上でもまさにぶどうの収穫中でした。
ここから丘を回り込むように南西にあるサヴィニ・レ・ボーヌへと向かいます。このあたりは丘が続いていて、とても見晴らしがよくて美しい景色でした。
↑これだけの傾斜地ならきっと水はけも良くて良質なワインができるような気がします。
↑サヴィニ・レ・ボーヌに到着。ここも土地の感じはペルナン・ヴェルジュレスと似ています。
サヴィニ・レ・ボーヌではちょうどヴァンダンジュが終わって、作業していた人をたくさん乗せたトラックが帰ってくるのにすれ違ったのですが、そのときトラックに乗った少年に不意に”Bonjour!”と声をかけられました。私も思わず”Bonjour!”と返したのですが、まだここには知らない人同士でもあいさつをする文化が残っているのかなーと思ってちょっとうれしくなりました。
↑中心部にあるシャトー・ドゥ・サヴィニ・レ・ボーヌ。由来などはわかりませんが、歴史のありそうな建物でした。
丘登りでもうふらふらになっていましたが、最後の力を振り絞って、ショレ・レ・ボーヌへと向かいます。帰りもN74号線が全然渡れなくて苦労しましたが、ここさえ渡ればあとは下り坂で一気に先へ。
VIDEO
↑サヴィニ・レ・ボーヌからショレ・レ・ボーヌに向かう途中の風景。自転車に乗りながら撮ったので短いです。
↑ショレ・レ・ボーヌ。ここは普通の平地で、それほど特筆すべきことはありませんでした。
ショレ・レ・ボーヌは中心部がどこなのかさっぱりわからなかったのですが、あちこちに除梗作業をしているドメーヌがありました。ただもう18時を回っていて、自転車を返す時間が近づいていたので、早々に後にすることに。高速道路の高架をくぐり、ようやくディジョンから50kmほどの道のりを帰ってこられた!・・・と思ったのもつかの間、最後の最後でちょっと道に迷ってしまいました。それでもなんとか線路を発見し、無事にボーヌ駅に到着。
そして自転車を返しに行くと、店主にどんな所を回ったのかを聞かれました。そこで間違えてディジョンまで行っちゃったことや、ヴァンダンジュを見られたことなどを話し、最後にこの自転車がとても良かったと伝えると、親指を立ててくれました。
一旦ホテルに戻り、今夜はレストランを探す気力がなかったので、すぐそばのDame Tartineというレストランで食べる事に。23ユーロの定食があったので、それをチョイスしました。
↑まずは前菜のエスカルゴ。ブルゴーニュと言えばエスカルゴは外せません。味は薄めでしたが、やはりパンが良く進みます。ワインはメルキュレの赤を頂きましたが、ちょっと軽い感じでした。
↑メインディッシュはこれまたブルゴーニュ名物のCoq au vin(鶏の赤ワイン煮)。ほんとにブルゴーニュ風と付けばたいがい赤ワイン煮のような気がしますが、味は確かにおいしかったです。ワインはオート・コート・ド・ボーヌを頂きました。
↑デザートのフロマージュ・ブラン。自分でグラニュー糖をかけながら食べるようになっていましたが、とてもおいしかった。
レストランのレベルとしてはまあまあ、という感じでしたが、ワイン2杯飲んで33.4ユーロ(約3,900円)だったので、高くもなく、安くもなく・・・でした。でもとにかく疲れていたので、まだ20時過ぎぐらいでしたがすぐホテルに戻り、早々に就寝。
翌日はボーヌの中心部を観光してワインを試飲するのですが、それはまた次回。
2011年5月1日 00:35
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